大手町写真館 - 大手門

大手町写真館

大手門

shashinkan2江戸時代、勅使の参向、将軍の出入り、諸侯の登城などこの門から行うのが正式でした。そのため警備は厳重をきわめ10万石以上の譜代大名が守りに当たり、鉄砲20挺、弓10張、長柄20筋、持筒2挺、持弓2組を備えていました。
門の造りは正面に高麗門(こうらいもん)、くぐった右側に渡(わたり)櫓門(やぐらもん) (武器庫)を配した構成で、また、「枡形門(ますがたもん)」といって石垣を四角くめぐらして直進できない通路を設けています。
大手門は明暦の大火(江戸の三大火災の筆頭。明暦3年1月18日~1月20日)後の万治2年(1659)に再建されたもので、高麗門がその遺構を偲ばせています。
この大手門から三の丸尚蔵館の前を過ぎた正面にあるのは大手三の門。江戸時代、「下馬」の高札が立てられ尾張、紀伊、水戸の御三家以外の大名はみなここで駕籠や馬を降りなければなりませんでした。家臣たちはここで自分らの殿様の帰りを待っている間に他家の侍と情報交換ができる都合のよい場所であったようで、そのため「下馬評」などということばが生まれたと言われます。

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